当研究室の研究テーマは「情報/計算の物理学」で,非平衡統計力学と量子情報の境界領域で研究を進めています.いわば「物質はどのような計算・情報処理の能力を持っているのか」を明らかにすることを目標として,統計力学や情報理論の周辺の幅広いテーマに取り組んでいます.とくに最近は,(冷却原子気体などで実現される)孤立量子多体系の非平衡ダイナミクスや,その量子計算の能力に関心を持っています.物理の基本原理を理論的に探究しながら,その工学的な応用の可能性を探っています.
情報熱力学 情報理論と非平衡統計物理の融合を目指す研究.これまでに我々は,情報(相互情報量など)を取り入れて,熱力学第二法則や非平衡関係式(ゆらぎの定理やJarzynski等式)を一般化してきた.これは,19 世紀以来の難問として知られてきた「マクスウェルのデーモンのパラドックス」を解決に導いた.また,実験でデーモンを実現することにも成功した.当研究室ではそれらの成果を出発点として,より一般に情報理論と熱力学・統計力学の関係についての研究を行っている.
主要関連論文 情報熱力学の一般理論:PRL (2008),PRL (2009),PRL (2010),PRL (2012).量子マクスウェルのデーモンのモデル:PRL (2011),arXiv (2013).マクスウェルのデーモンの実験による実現:Nature Physics (2010).

分子機械の理論 生体内の分子モーターは,熱ゆらぎの大きな環境下で,高いエネルギー効率で自律的に動作していると考えられている.このような,複雑な内部自由度が協調して動いている分子機械の熱力学は,非平衡統計物理の基礎理論の観点からも非常に興味深い.また,エネルギー変換だけでなく,情報処理も自律的に行う分子機械(いわば,自律的なマクスウェルのデーモン)の動作原理の研究も行っている.これは,測定やフィードバックといった制御・情報処理の構造が,非平衡系の中でどうやって自発的に「創発」しうるのかの理解につながると考えられる.
主要関連論文 可逆な情報モーターのモデル:PRL (2013).F1-ATPaseのエネルギー論:arXiv (2013).
非ガウス確率過程の熱力学 ポアソンノイズなどに駆動される非ガウスな確率過程における,新しい確率過程の理論の構築と,それの非平衡統計物理への応用.これまで我々は,非ガウス過程において熱力学の理論を構築するためには,確率積分の概念そのものを拡張する必要があることを見出した.そして,Stratonovich積分に替わって新しい確率積分(*-積分)を定義し,それを用いて熱伝導のフーリエ則やゆらぎの定理を非ガウス過程に拡張することに成功した.
主要関連論文 新しい確率積分の導入:PRL (2012).フーリエ則とゆらぎの定理の拡張:PRE (2013).
非平衡定常系の熱力学 平衡状態間の遷移を扱う平衡熱力学を,非平衡定常状態間の遷移に拡張することが可能か,可能ならばどのような理論的構造があるのかは,非平衡基礎論の重要なトピックの一つである.我々は,Oono-Paniconiが提案した「過剰エントロピー生成」による理論構築に注目している.
主要関連論文 過剰エントロピー生成の幾何学的表現:PRE (2011).
不可逆性の起源 ミクロで可逆な量子論から,どうやってマクロで不可逆な熱力学を「導く」ことができるかについての研究.これは古くからの難問だが,近年になっていくつもの理論的進展があった.またこのトピックは,冷却原子気体(孤立量子系を実験的に実現できると考えられる)のダイナミクスの観点からも注目されている.
量子開放系のダイナミクス 散逸(デコヒーレンス)や量子測定,量子フィードバック制御などの影響を受けている量子開放系のダイナミクスについての研究.これに関連して,シュレーディンガーの猫状態などの量子論の基礎に関するトピックや,量子誤り訂正などの量子情報・量子計算に関するトピックにも興味を持っている.
主要関連論文 幾何学的な量子ポンプ:PRB (2012).量子フィードバック制御の実験:PRL (2013).
量子推定理論と不確定性関係 量子測定で原理的にどれだけの情報が得られるのかという,量子論の基礎にかかわる問題についての,推定理論の観点からの研究.とくに我々は,非可換な物理量の同時測定に伴う測定ノイズについて,普遍的に成り立つ不確定性関係を発見した.また,量子フィッシャー情報量の数学的な側面(Petzの定理など)にも興味を持っている.
主要関連論文 ノイズのある環境下での最適な量子測定:PRL (2010).量子推定理論による不確定性関係:PRA (2011).